お金のない不幸な暮らしを強いられた人が、そこから脱出できない本当の理由。



皆さんこんにちは。

実は結構ハードコアな子ども時代を送ってきたMASUDAです。

最近あまり思い出さなかったのですが、ブログをはじめて脳の中がいい感じにかきまぜられたせいか笑、いろいろなことを思い出すようになりました。

今日はMASUDAの子ども時代がどんな感じだったかを振り返りつつ、お金のない生活がいかに不幸か、そしてそれが人間の意識にどういう影響をもたらすかについて語りたいと思います。

不幸の始まりは、いつも理不尽だ

詳しいことはそのうちプロフィールにでも追記しようかと思いますが、割とヘビーな少年時代を過ごしました。

物心ついたときから両親が仲悪かったんです。

で、目の前で両親がケンカとかしょっちゅう。ですがよその家と比べたこともなかったので、まあこんなもんかと思ってました。

知らないって幸せですね。

そして、私が中学に入るくらいのときについに両親に限界が来て、離婚となりました。

経験された方はよくお分かりになると思いますが、子どもは間に挟まれて辛いですよね。

「お父さんとお母さん、どっちが好き?」から始まって、お互いの悪口をずっと聞くとか、ケンカが夜まで続いて眠れず、学校も行けないとかね。

うちはこじれにこじれていたので、最後は裁判所のお世話になりました。

今でも覚えてますが、裁判所のアンケートみたいなのがあるんですよ。

「こういうときは、お父さんとお母さんのどちらに話しますか?」という質問が延々と続く、離婚版ストレンクスファインダーみたいなやつ笑

頭にきたので、全部「どちらにも相談しない」にして出したら、後日母親に殴られましたけどね。

まあ、結局はその母親について引越したわけですが。

両親の離婚は序章に過ぎなかった

ありがちな話ですが、母親は特段仕事らしい仕事はしていませんでした。

当然、引っ越したはいいものの収入はほとんどなし。結局叔母の家に転がり込むことに。

実はここからがMASUDAのハードコア少年時代の本番です。

新しい生活が始まってほどなくして、祖母がまず亡くなりました。おばあちゃんっ子だったので辛かったですね。

そこに輪をかけて、衝撃の事実が2つ立て続けに明らかに。

・叔母と母親は実は父親が違っていた(そのせいか、姉妹なのにやたら仲が悪い)
・祖母が遺してくれた土地を、勝手に母親が売り払っていた

ついでに、母親がとんでもないギャンブル依存症ということも分かりました。

まあ、何となく察しはついてましたけども。。。

その後もいろいろ事件はありましたね。

・家に突如裁判所の人が来て、家財道具の査定に来た
・「金返せ」ということを連綿と綴ったお手紙が郵便受けに入っていた
・学費を使い込まれ、退学寸前にまで追い込まれた

などなど。今思い返すと信じられないですけどね。

不幸な目に遭っている人が気をつけないといけない思考形態

当然、生活もめちゃくちゃでした。

毎月、電気・ガス・水道のどれかが止まるし、高校のときはジャージが買えなくて体育の時間のたびに友達に借りたりとかしてました。

バイトもしてましたが、その給料も母親に渡したが最後瞬間蒸発します。

私の財布のお金が謎の失踪をとげることもしばしば。

さすがに「もう無理」と思い、何とか大学を卒業して就職できたので、すぐさま家を出ました。

おかげで、今は(社畜ではあるものの)人並みの生活ができています。

くどくど語ってきましたが、別に不幸自慢がしたいわけではありません。

おそらく、現代日本にはこういう目に遭っている人が思ったより多いのではないでしょうか。
ただ、現象面もさることながら、経験上一番恐ろしいのは

「不幸な状態に長く置かれると、幸せになることが逆に怖くなってしまう」

ことです。

生存のため、脳が異常な環境に適応しようとする結果なのかもしれません。
たしかに、まともに考えたら頭おかしくなりますもんね。

私はもともと鈍感だったのが幸いしたのでしょうが、それでもさすがにきつかったです。

これは本当に不思議なことですが、嫌でしょうがなかった貧しさからやっとのことで這いずり出したにも関わらず、ちょっと生活が上向いたときになぜか不安になってしまうんです。
無意識のうちに「自分はこんなに幸せでいい訳がない」、あるいは「自分は幸せでいてはいけない」と思ってしまうという、何とも異様な思考形態。

今でも油断しているとこうした考えが頭をもたげてきます。
そのたびに気合を入れなおし、何とか今日も生き延びているのが実情です。

貧困をはじめ、様々な理由でやむなく不幸な状態に陥ってしまった人がなかなかそこから脱出できない背景には、こうした複雑な心理的要因があるのではないでしょうか。

なお辛いことに、こうした特有の思考形態は、普通の暮らしを送っている人にはなかなか理解されません。

「そんなに辛いなら、何とかすればいいじゃん」と思われるでしょう。

ですが、不幸な目にずっと遭わされてきた人たちは、皮肉なことに何とか生き残ろうと必死にがんばってきた結果、「不幸な状態」が自分にとってのデフォルトになってしまうのです!

では、どうすればこの不幸の鎖を外せるのか

マインドセットの問題なので、言うは易しなところがあるのは十分承知しています。
それでも、幸運にして悲惨な状況から逃れられた人間として、以下をアドバイスとして送りたいと思います。

・あなたの置かれている状況は「異常」だと認識する
・それはあなたのせいでも何でもない、と開き直る
・自分は幸せになる権利がある、と口に出したり、紙に書いてみる
・(いい意味で)自分は自分。家族であってもあなたの幸せを奪う権利はない、と知る

もしかしたら何の慰めにもならないことを延々と書いてしまったかもしれませんが、これで少しでも誰かの気持ちが楽になればこれほどうれしいことはありません。

また、もし「不幸な人は努力が足りない」と思っている方がいらっしゃったら、この記事を読んでいただき、違う見方もあると少しでも認識を改めていただければ幸いです。

あと、もし周りに上記のような人がいたら、「あなたは幸せになってもいいと思うよ!今までいろいろ耐えたんだから、もういいじゃん!」と声をかけてあげていただければと思います。

本日は以上です。最後までお読みいただきどうもありがとうございました!










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