どうも。MASUDAです。
ブログをやっていると、いろいろな思いが頭をよぎりますよね。
特に思うようにPVや収益が伸びないと、何だか段々イライラしてきませんか?
正直言って、私はかなりイラついてました。
こんだけ毎日記事アップして、はてブつけて、Twitterにも流して・・ってやってるのに、何なの?という苛立ち。
一方で、うまくいっている人の情報はイヤでも目に入ってきます。
「○ヶ月でPV○万!」「今月は収益○万円!」などなど。
うらやましくってしょうがないし、そういうのが目に入ると、なぜだか湧き上がるのは怒りです。
きわめて理不尽なのは百も承知ですが、一度はこんな思いに駆られたことはないですか?
・なんであいつらの文章がわかりやすいって言われるんだ?絶対オレのほうがわかりやすいのに!
・なんで誰も、オレの記事をみて、「この記事すごい!賢い!さすが!」って言わないんだ?
・なんでオレの記事のほうが内容も充実してるのにPVが少ないんだ?
・なんであいつらだけいろんな人からコメントされてほめられて、オレは存在すら認知されてないんだ?
・なんでオレのほうが優秀なのに、あいつらのブログばっかり読まれるんだ?
・なんでオレはあいつらに勝てないんだ?
・なんであいつらはいつも楽しそうで、オレはこんなに辛いんだ?
・・・とにかくあいつらに勝ちたい。もっとだれかにほめられたい。注目を浴びたい。あいつらより稼ぎたい・・・。
もし上に書いたことでひとつでも思い当たる節があれば、もうちょっとだけお付き合いください。
つらいですけど、その気持ちの正体とちょっと向き合ってみましょう。
もしかしたら聞きたくない話もしてしまうかもしれませんがご容赦くださいね。
まじめな話、その気持ち痛いほどわかるんです。
なぜなら、私は上に挙げたこと、全部思ってたので。
病名:「自尊心肥大症」と「羞恥心過敏症」
ブログに限った話ではないですが、恥ずかしながら私はときどきこういう精神状態になります。
人一倍プライドが高いせいか、今回も心のどこかで「ブログなんて余裕」だと思ってました。
これまでも自分はそれなりに成果を出してきたし、苦難も乗り越えてきた・・・っていう自負もあります。
今、PCの前で悶絶しているあなたも同じではないでしょうか。
なのにどうして、って頭の中でリフレインしてませんか?
幸い、その気持ちは小説にもなるほど普遍的なテーマです。
山月記という小説があります。高校の教科書で昔使われていました(今もかな?)。
ご存知ない方もいるかもしれませんので簡単に説明するとこんな話です。
昔の中国で優秀な役人だった李徴(りちょう)という男が、詩人になるべく仕事も辞めてすべてを詩にささげたが報われず、ある日ついに発狂して失踪。
その後、李徴の昔からの友人だった袁傪(えんさん)は、虎に姿を変えた李徴と出会い、なぜ李徴が虎になってしまったのかを聞く。
李徴は自分が虎になってしまった理由をこう説明します。(少し読みやすくしています)
・・・おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨(せっさたくま)に努めたりすることをしなかった。
かといって、又、おれは俗物の間に伍することもいさぎよしとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。
己の珠(たま)にあらざることをおそれるが故に、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦に伍することもできなかった。
・・・事実は、才能の不足を暴露(ばくろ)するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭(いと)う怠惰とがおれのすべてだったのだ。
まさにこれじゃないでしょうか。
この苛立ちの正体は「自尊心肥大症」と「羞恥心(しゅうちしん)過敏症」です。
みっともないったらありゃしないですよね・・・。
自尊心と羞恥心の苦しみから解放されるには
経験上、たぶんこの手の悩みには具体的な解決策なんてないです。
安易に「他人と比べるのはやめよう」なんて言われたところで、今の精神状態だと
「うっせーな」
ってなりません?
であれば、むしろとことん他人と比べてその気持ちと向かい合ったほうがいい。
すると、泣こうがわめこうが、負けは負けと認めるしかないことに気づくんです。
私のブログはあいつらよりつまんないんです。読む価値ないんです。ほめるに値しないんです。
これ、吐きそうなほどつらいのですが、何なら口に出して言ってみることをお勧めします。
一回落ちるところまで落ちておかないと、心の中の虎はおとなしくなりません。
ただ一方で思うのは、価値観までは無理に変えなくてもいいってこと。
すべてを勝ち負けで判断するからこういうことになる、っていう人もいるでしょう。
っていうか、きっと外野はそう言います。
でもいいじゃないですか。それでうまくいくことだってあるんだから。
人生のどこかで、そうしないと戦えないと思ったから、今のあなたがあるんですよね?
それさえ否定するほどの話じゃありませんよ。
傷ついた自尊心と羞恥心のつらさから立ち上がる時は、冷静さを忘れずに
ここまできて、やっと「じゃあどうするか」に到達できました。
40歳くらいになると、知らない間に頭が固くなってたんですねえ。
とりあえず、ブログは全体を見直し。
今まで意地になってやっていなかったことにぼつぼつ手をつけはじめることにしました。
Twitterで誰かにからんでみたり、記事のタイトルをいじってみたり、稼いでいる人のブログをみて構成を真似してみたり・・・。
このまま自意識をこじらせて何も達成できないより、はいつくばってもいつか成功にたどり着く方がずっとマシだ・・・
と今では思えます。
ちなみに、自尊心のどん底から立ち直る際、盲目的にだれか一人を信じるのはやめたほうがいいです。
心が弱っていると、ついまぶしそうな方向にフラフラと足が向いてしまいがちです。
けど、あなたはどんなことがあっても、最後は自分の足で立てるはず。
もちろん、ちゃんと考えあってのことなら問題ないですけどね。
まとめ:心に虎が住む人へ
たぶん、私や李徴と同じように、心に虎を飼っている人は一生それと付き合っていかないといけないと思います。
けど、うまくその虎を飼いならして、その虎と一緒に戦えるなら、こんなに心強いこともないのではないでしょうか?
待っているのは、更なる戦いへと自分を誘う修羅の道かもしれませんけどね。
同じようなことで苦しんでいるだれかに届きますように。
本日は以上です。最後までお読みいただきどうもありがとうございました!
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