皆さんこんにちは。最近ちょっとご無沙汰ですが、根はゲーム大好きのMASUDAです。
思いっきりファミコン世代のため、物心ついたころからいろいろなゲームをやってきました。
たしか、はじめて買ったソフトは「エキサイトバイク」でした。
あとはどうしようもないクソゲーに全力で勝負したこともありましたね。
「たけしの挑戦状」とか、画面の前で本気で泣いたことありますよ笑
こうした今となっては「レトロな」ゲームで育ったせいか、実は80年代のゲームは意外と人生に大事なものを教えてくれていたような気がしてしょうがないです。
反面、今のゲームには欠けているものかもしれないので、今日は「80年代、ファミコンに学んだ、人生で大切なこと」を語ってみたいと思います。
攻略方法は自分で研究。必要ならうまい人に習う。
今と違って、データを解析してやり方を考える・・・なんてオシャレな観念はなかったので、自分の努力と創意工夫で道を切り開いたやつが学校でヒーローになってたりしなかったでしょうか。
もっとも、攻略本なるものがあって、それを読んでもある程度のことはわかりました。
けど、中には「こうすればいい」とは書いてあるものの、実際にはプレーヤーである我々の技量が問われることもしばしば。
典型的な例は「ロックマン」シリーズでしょうか。
それができりゃ苦労しないよ!と叫んだのが昨日のことのようです。
ほんっとに、エアーマンが倒せないんですよ笑
達人となった友達とか兄弟のプレーを横で見ながら、目でみて技を盗むという、板前みたいなこともやってましたね笑
そうやって、自分でいけるところまでいってみて、どうしてもダメなら誰かに訊くなり、師匠に習うというスタンスが自然と身についていったのかなと。
子どもだろうが、すべては自己責任
これはきっと、私と同世代の皆さんであれば経験があるでしょう。そう、
「ふっかつのじゅもんが間違っていた問題」
です笑
辛いですよね。。。これでまた泣いた記憶が笑。
そういった意味では、ドラクエ3で「ぼうけんのしょ」によるバックアップができたときは拍手喝采でした。
まあ、その後しばらくして、
「おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました」
というもっと悲惨な出来事に見舞われてしまうわけですが・・・。
こういうことがあると、さすがに誰のせいにもできないので、よく言えば注意深く、悪く言えば疑り深くなった気がします笑
よく言えば、自分のことは自分でやるようになったということですね。
制約の中でクリエイティビティを出す
昔のゲームだと、容量の問題もあってできることは限られていました。
このあたり、オープンエンドかつ自由度の高い今のゲームとはえらい違いです。
ですが、だからこそその制約の中で、いかに新しい遊び方を見出すかということにみんな心血を注げたと思います。
私の例でいうと、「熱血高校くにおくん」シリーズの「ダウンタウン熱血物語」で、どうやったかは忘れちゃいましたがお金をいっぱい持った状態でスタートし、散々パワーアップしたあげくに、ストーリーそっちのけで「天下一武道会」と称して友達と対戦してました笑
それ以外にも、「バルーンファイト」や「マリオブラザース」でもプレイヤー同士の戦いに明け暮れたりしましたね。あとは「アイスクライマー」もそうか。
まあ、往々にして、ヒートアップしすぎて喧嘩になるということもあり、そういう意味からすると「これ以上やってはいけない」という限界も学びましたね笑
他には、勝手に自分でいろいろ制約をつけるのも流行りましたね。
「エレベーターアクション」で、敵を1人も倒さないでクリアする「ガンジープレイ」とか、「フィールドコンバット」で仲間を最初から最後まで1体も使わないでクリアする「ひとりでできるもんプレイ」とか。
まとめ
私と同世代の方は共感いただける部分もあったのではないでしょうか。
今のゲームは、もしかするとすべてがきっちり用意されてて、それが逆に物足りないのかも。
(今の子どもたちは、何をゲームから学んでるんでしょうか?)
何だかあまりまとめにもなってないのですが、とにかく懐かしいですね。
あのころは何であんなに夢中になれたんでしょう。当時の純粋な心を取り戻したい笑
そういえば、ミニファミコンが出たと思ったら生産中止になってましたね。早く復活してくれないかな。。。中古でもいいんだけど。
我こそはという人は、私と「バルーンファイト」「ダウンタウン熱血物語」「マリオブラザーズ」の対決3本勝負をやりましょう!(喧嘩はなしね)
今日は以上です。最後までお読みいただきどうもありがとうございました!
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